新・三つの棺-「幻影の書庫」日記

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SRの会55周年記念全国大会オフレポ(第四回・座談会編)

さて、いよいよミステリ界最注目の二人を迎えての座談会の開始。座談会といっても、司会の廣澤氏によるインタビューという形式で進められた。
(写真は左が道尾氏、右が米澤氏)
 
まずは全体を通じて、私が受けた二人の印象から。
米澤穂信氏は誠実な人柄で、典型的なミステリ・ファン。何時間でも一緒にミステリ論議やれそう。きちんと意識・計算して、ミステリを書かれていることが良くわかって、これからへの期待がますます高まりました。レセプションでお話しできて、ますますファンになりましたわん。
道尾秀介氏は底の読めない、良い意味で突然変異的なモンスター。北島マヤという才能に対しての、姫川亜弓の「恐ろしい子」という台詞がよぉく理解できました。どこまで突き抜けていくのかもわからない、青天井の期待すら感じさせる方でした。
好対照な二人が並んでいる様は、昔の漫画で良く描かれていたような、「野性味のある天才少年と、礼儀正しい秀才少年の初めての出逢い」を想起させられた。良きライバルとしてこれから二人は競い合っていくのだ、夕陽をバックに「続く」の文字、みたいなね。
 
さて、では、座談会から印象に残ったお話しを箇条書きで。
手書きのメモを元に書いているので、ニュアンスの違いや誤解もあるかもしれません。そこはご容赦を。
 
[ 道尾秀介氏 ]

  • 秀介は本名。道尾は都筑道夫のファンだから(でも、氏のミステリは好きじゃなく、怪談物が好き)
  • ミステリはあまり読んでない(今でも半分以下)。新本格綾辻、島荘、京極を読んだ程度。ハードボイルドはチャンドラーを一冊読んだだけ。でも、ミステリしか読まないミステリ作家はつまらない。ウルトラマンの怪獣(色んな要素を切り貼りしただけ)のような小説は書きたくない。
  • 大学時代、アゴタ・クリストフの不条理劇に影響され戯曲を書いていた。心理描写が出来ないことに気付き、小説に転向。阿刀田高ショートショートコンテストに掲載された。最初に書いた長編が『背の眼』
  • やりたいのは「人間の感情の部分を書く」こと。それには本格ミステリの仕掛けが最適。人間を書けるシステムだと思っている。人間を描くことに誰もチャレンジしていないだけ。誰もやってくれないから、自給自足的に自分でやっている。自給自足だから、読者としては”自分”しか想定していない。
  • やりたくないことはやらない。書きたくないものは書かない。先人のスキームを使うことはしない。自由にやれるのに、どうして亜流であろうとするのか。デビュー作はデビューすることを優先して敢えて……
  • キャラクタは血肉の通ったキャラにしている。最近のキャラクタ小説は、全く血肉が通ってない。名前にはこだわりはない。向日葵のS君は、誰の顔もイメージして欲しくなかったから。
  • 突然クイズを出す道尾氏。「最初から変わっているところがあります。さて、それはどこでしょう。1.ネックレスが変わった。2.指輪が中指から薬指に移動している。3.コップの水が増えている」 実はどれも不正解、何も変わっていなかったのだ。このように、人を驚かしたり、騙したりするのは好き。でも、サプライズのことだけを言われたら嬉しくない。サプライズが作品の中に融合しているものを書きたい。
  • 作品毎にテーマを決めて書いている。向日葵は「救い」がテーマ。悲惨な話になってしまったのは、血肉の通ったキャラをそういう目に遭わせないと、「救い」というテーマが書けないと思ったから。
  • ジャンル問わず一番好きな作品は久世光彦『聖なる春』。キャラは金田一耕助。好きなミステリベスト3は、国内『十角館の殺人』『悪霊島』『姑獲鳥の夏』、海外『内なる殺人者』『夏草の記憶』『幻の女』

 
[ 米澤穂信氏 ]

  • 筆名はほとんど本名。3文字目だけが違う。本名の字画は最悪だったから。"汎"の字にする予定だったが、それじゃお坊さんみたいだったので、現在の筆名に。
  • 小学校時代、通学に時間がかかったので、物語を考えていた。中学時代に『ホッグ連続殺人』『十角館の殺人』に出逢い、ルーズリーフに小説を書いていた。高校時代はTRPGに凝っていた。大学時代はネットでショートショート40日連続一日一作なんてやったことも。
  • ラノベ・レーベルでデビューしたのは、ミステリとラノベの融合を目指す出版業界の展開があり、ミステリのスキームを伝えるストリームとして、その改革に自分も参加したいと考えたから。
  • 角川の作品(古典部シリーズ)は、現在はミステリ・ファンの読者を意識している。一方、創元推理文庫ラノベで自分のファンになってくれた若い読者を意識して書いている。
  • 書く場合は「書き過ぎないこと」を意識している。古い器に新しい酒を入れるのは好き。スキームを借りてくることも多い。
  • 主要なキャラクタを作る場合は、「こういう人です」というのを30項目書いて、その人を掴むようにしている。名前は親の気持ちになって付けている。
  • サプライズはそこまで意識していない。おぼろげに見えていたものが霧が晴れるように見えるのがいい。
  • 氷菓』は『六の宮の姫君』へのオマージュである。
  • ジャンル問わず一番好きな作品は志賀直哉清兵衛と瓢箪』。キャラはロジャー・シェリンガム。好きなミステリベスト3は、国内『六の宮の姫君』『乱れからくり』『夕萩心中』、海外『Xの悲劇』『火刑法廷』『最上階の殺人』

 
最後に、私がした質問二つと、その回答を。
「お二人共伏線が巧みな方だと思います。特に道尾さんの場合、本来の"隠す"伏線だけでなく、二重三重の意味を持たせて読者のミスリードを誘う、"見せる"伏線を得意とされていると思います。これらは意識して使い分けをされているのか、またこれはお二人への質問ですが、伏線に関して、自分なりの"美学"とかこだわりがあれば教えてください」

  • (道尾氏)伏線は意識していない。最初から最後まで書き続ける中で自然に出てくる。伏線が足りないと思った場合は後から入れることもあるが例外的。
  • (米澤氏)特に美学はないが、伏線とは投網のイメージ。最後に一気に引き上げて、引っかかってくるものが楽しくて仕方がない。

「米澤さんの作品には、常に奥底に"あきらめの感覚"みたいなものが流れている気がしていまして、それが作品として結実したのが『ボトルネック』ではないかと思いますが、何かそういう感覚を産み出している"ネガティブな原動力"みたいなものがあれば教えていただけないでしょうか?」

  • (米澤氏)ネガティブな原動力はない(笑)。これまでの全作品での共通テーマがあって、それが「全能感と無能感」だった。その意味では『ボトルネック』は集大成と言えるかも。本作を書くとき、どちらの方向性で書こうか、二つの選択肢があったが、逆ではあまりにも嫌みだろうと、こちらを選択した。でも、このテーマはこの作品で打ちきりにしようと思っている。

 
この後、お三方のサイン会(私は山沢先生含めて四人)、立食でのレセプションまで参加して、私の全国大会は閉幕。
幹事、世話役の皆様、どうもありがとうございました。ゲストの皆様もご参加ありがとうございました。幸せな二日間を過ごさせていただきました。