新・三つの棺-「幻影の書庫」日記

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連作出馬宣言

所属している Mistery-z ML の毎年恒例の行事に”連作”ってのがある。実は始めたのは私だったりする。高校時代に必修クラブで「推理小説研究会」ってものがあって、そこでやってたものをメール用にアレンジしたものだ。ちなみにその顧問がSRの会のメンバーで、元ネタはそこだったりするのだけれど。
99年に第1回を主催して、2回目以降は別のメンバーが主催してくれて、今年で第9回目だ。私は第5回まで参加して、第2回、第3回のチャンピオン。
リタイアしてもう四年目だけど、今年はあのロッキーやマクレーン刑事が帰ってくる年でもある。老兵が復活したっていいじゃないか。……ってなわけで、生き恥をさらさない程度に、頑張ってみるつもりなので、参加者のみなさまお手柔らかに(笑)
 
ちなみに、連作ってどういう風にやってるのかっていうと、まずは5〜6人ずつくらいでグループを作る。全員同じ書き出しから始めて、まずは自分が1行書いて、次の人に回す。これを繰り返して再び自分のところに戻ってきたら、制限行または制限字数以内で結末を付ける、という簡単なルール。
5人グループが5グループ出来たら、MLに25作品が流れるわけ。全員が同じ1行から始まってるのに、一作一作バラエティに富んだ全然違う作品が出来上がってくる。
MLのメンバーから人気投票を行って、毎年ベスト5が選出されている。
 
じゃあ、具体的にどんな風に出来上がってくるのかってのを、第3回の優勝ネタでご披露。
この時は6人で1グループ。書き出しの1行は、なんと村上春樹だよ。全部で50行以内で結末を付けることってのが条件だった。

村上春樹
 大丈夫、間違いない。ふうっと息を吐いてバスが停まり、後部の自動ドアが
(月田)
開いた。笑顔の彼女が降りてくる。「お帰り」も言えないまま、唇を合わせる
(某氏A)
と同時に腹部に鈍い痛みが走った。「まさか」と思いながらもこの痛みに覚え
(某氏B)
がある。襲ってくる目眩の中、私の脳裏にはあの日の燃え堕ちる大坂城がハッ
(某氏C)
トリくんの笑顔を炎の中に呑み込むに至った経緯とそれに関する一考察、とい
(某氏D)
うタイトルの前衛演劇を見に行ったときのことが甦る。それはタイトル通り大
(某氏E)
風呂敷の三文芝居。彼女と私という「事実」の珍妙を少しも現しきれていない

こんなのが戻ってくるわけだ。さあ、あと43行で結末を付けなくてはいけない。貴方ならどうする? 燃え堕ちる大阪城ハットリくんをどう料理する? 腹部の痛みは? 彼女と私の珍妙な事実とは?
私が作り上げた作品は、続きから。50行も読んでいただける、心の広い方のみどうぞ。


          題名: リセット 〜炎の行方〜
 
 大丈夫、間違いない。ふうっと息を吐いてバスが停まり、後部の自動ドアが
開いた。笑顔の彼女が降りてくる。「お帰り」も言えないまま、唇を合わせる
と同時に腹部に鈍い痛みが走った。「まさか」と思いながらもこの痛みに覚え
がある。襲ってくる目眩の中、私の脳裏にはあの日の燃え堕ちる大坂城がハッ
トリくんの笑顔を炎の中に呑み込むに至った経緯とそれに関する一考察、とい
うタイトルの前衛演劇を見に行ったときのことが甦る。それはタイトル通り大
風呂敷の三文芝居。彼女と私という「事実」の珍妙を少しも現しきれていない
…などという、心の熱さとは裏腹の妙に冷めた思考と、いつものようにいずこ
ともなく聞こえてくる耳慣れたサイレンに包まれながら ・・私は跳んだ・・
              (暗転)
 それは若さ故の大胆であったか。しかし、さすがに深く入りすぎたようだ。
おそらく真田の手の者によると思われる手裏剣が、見事に腹に突き刺さった。
なんとか逃げ出せただけでも奇跡だったろう。林の奥で激しく吠える犬の声に
目を覚ましたとき、そこに少女がいた。「み、水を…」それが始まりだった。

 お絹と名乗った少女は老人と一緒に林の奥に住んでいた。老人は薄々私の正
体に気付いていたかも知れないが、何も聞かないで私を受け入れてくれた。
 お絹が成長するに連れ、私は彼女を愛していることに気付いた。しかし、蔭
忍である私には過ぎたこと。お絹が城に奉公に行くことになったとき私は喜ん
だ。彼女は止めて欲しそうな顔をしたが、側にいる方が私には辛かったのだ。
彼女を送り出して、老人は逝った。そんなある日、上忍からの密命が下った。

「明日、大阪城に火を付ける」
 君だけでも逃げて欲しい。でも、それが通じないことはわかっていた。
「貴方が貴方のお殿様に忠実なように、私も私のお殿様に忠実であらせてくだ
さい。貴方のことは決してお話はしません。でも、私はやはり一人逃げること
など出来ないのです。どうか、わかってください。でも、それでも私は…」
 貴方をお慕いしています… お絹の着物がはらりと落ちる。
 だから、どうか今宵だけは… 抱きしめなければ消えてしまいそうな程に
 貴方だけのお絹にならせてください… 白い肌が震えていた。

「私は罪な者だ。幾度生まれ変わっても、きっと私の罪は消えることはない」
「いいえ、罪はいつかきっと許されるものです。そのときが来たとき、お絹は
もう一度貴方のものになりに行きます。どうか信じてください」
              (暗転)
 全てを思い出した。あの戦乱の中で私たち二人は命を失った。そして現世で
その記憶が蘇る。やがて運命の日、バス停で彼女と出逢う。でもその瞬間、再
び私は戻るのだ。その時いつも私の耳に聞こえているのは消防車のサイレン。
火の罪がやはり私を許してはくれない。そうして幾度時の輪を巡ったことか。
 私にいったい何が出来るだろう?幾度の人生の果てに辿り着いた途は…
              (明転)
 ここに1通の個人発行されたニュースメールマガジンがある。
「5月8日、大阪市では全市一斉の防火訓練が行われた。参加者はそこで目撃
したエピソードを忘れることは出来ないだろう。訓練の発案者でもある若き消
防局長が訓示の途中で壇を降り、バス停に向かった。そして降りてきた女性と
長い長いキスを交わした後、一言「お帰り」と言ったという。ちょうどその月
大阪市の防犯標語は『火を付けた あなたの責任 最後まで』 火災0件だ
ったその日の大阪市で、唯一火を付けたのはこの局長だったのかもしれない。
だから局長さん、最後まで責任取ってくださいね(笑)」
 時々妻と読み返しては答える。勿論取っているとも。大丈夫、間違いない。
 
               (完)