新・三つの棺-「幻影の書庫」日記

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ラスト・チャンス?

芥川賞にはほとんど興味ないのだが(綿矢りさのような”萌え〜”な状況は除く。だってミーハーだもん)、ミステリ畑の人間にとっては、直木賞はいつも気になる存在ではある。
今年の注目は勿論「このミス」「本ミス」「文春」と総ナメにした東野圭吾だ。実に6回目のノミネート。いくらなんでももうくれてもいいだろうという状況。それにミステリ・ファンばかりが評価しているわけじゃない。「この恋愛小説がすごい」の第6位にも入ったように、恋愛小説としての側面も評価されているのだ。これであげなきゃ、もうこれから先恥ずかしげもなく候補に挙げることさえ、出来ないんじゃないのかな。つまり、これがラスト・チャンス?
……ってなことを思わなくもないのだが、正直なところ今回もダメなんじゃないのかなぁ〜。
恋愛"プロット"としては間違いなく秀逸なのだが、恋愛"小説"としてはどうだろうか? 結果として恋愛物が提供されてはいるが、読者自身が自己の中で恋愛物として体験できていただろうか?
なんとなれば、恋愛の感情を積み上げる部分が、本書には徹底的に欠落しているのだ。だから読者は終始、他者として石神を見続けることになるし、ヒロインの魅力が胸に迫ることはないし、二階堂黎人の2005.11.28-2の日記のような深読みだって成立してしまうのである。
これは実はミステリとしては、トリックの衝撃の落差を際立たせる効果を担っていたと私は考えている。徐々にではなく一気に”そこまでの純愛”を読者に叩き付ける!
本書をミステリと恋愛小説の融合と捉える向きも多いが、やはり単なる合体ではなかなか優れたミステリにはなり得ない。ミステリとしての効果を最大限にするために、手を入れざるを得ない部分がある。だがそれをミステリとは逆の視点から眺めれば、マイナスの要素として捉えられるのはごく自然なことではないだろうか。
というわけで今回も東野圭吾の受賞はないと私は思う。では誰か? 大人の事情がどこまで選考委員に効くのかどうかは知らないが、文春からの候補作が三作。東野圭吾がなければ、伊坂幸太郎姫野カオルコのいずれか。伊坂は4回目とはいえまだ若いし、候補作以降も「魔王」「砂漠」と注目作品を出し続けている。今回与えなくてもいいよなぁと思うところだが、その2作はいずれも他社。逆に言えば、今回を外せば確実に持って行かれそうな勢い。
というわけで本命:伊坂幸太郎、対抗:姫野カオルコ。いや、まさかこんな事情で決まるなんて本気で思ってるわけじゃないんで、もしも伊坂氏が取っても「そういう裏事情だったんだぁ」なんて納得しないでね(笑)